「ギフト」は「毒」?朝活vol.29

おはようございます。朝活29日目!

昨日も結構忙しく、1日バタバタとする感じでした!

ありがたいですね(^^♪

土日で、イベントがないから地域の人もゆっくり買い物しやすいんだろなぁと感じます。

この調子で、地域の方に気に入ってもらいながら、プラスαな形でイベントが始まればいい感じだなぁと思うので

今が頑張り時にも感じます!頑張ります(^^♪

「贈り物」の力

人間が生きていくうえでのコミュニケーション、それを考えるときに「モノ」との関係は切り離せない。。

お金を「モノ」としてとらえると、

「親からお小遣いをもらう」→「お店にいって、モノをもらう」「対価としてお金を渡す」

お金が「人から人へ」と動いてることは変わりないですが、

「贈与(プレゼント)」と「交換(商品)」の違いによって、

持つ意味は全然違ったものに感じますよね。。

また、「贈与交換」する「モノ」自体の持つ意味によって、人々はコミュニケーションを図っている。それによって社会の秩序を保つ地域も存在するそうです。

たとえば、サッカーのワールドカップのトロフィー。

トロフィー自体には何の機能もなく役には立たないです。。

けれど、「歴代の名選手・名試合の記憶」が刻まれ、それを手にすることが「世界一の証」という「意味」をもたされたモノ・・!

単なる「カップ」が、サッカー界の「制度」や人々の「記憶・思い」によって

代替え不可能な価値をもった「優勝トロフィー」へと昇華している

このへんの話は「芸術」と同じような感じですね。

しかし、この「モノ」は持つ人によって「価値」が変化することがよくある。。

たとえば、サッカーが存在しない国で、「サッカーの優勝トロフィー」は、ただの「使いにくい派手なコップ」って感じですよね。

そんなとき、モノに価値を与えるのは「贈与交換」という行為による、といいます。

「贈り物」は「贈り主」のことを思わせ、モノ自体を「人格化」し、人と人とをつなげる行為といえるそうです。

たしかに、ありふれたモノであっても、「誰からもらうか」によって少し意味は違ってきますよね。

「贈り主」が大切にしてた、と知っているモノであれば大切に思えるし、
たとえば故人のモノであれば、それは「形見」として引き継がれます。

「ギフト」は「毒」

ゲルマン語系の言葉で語源を辿ると「ギフト」は「毒」の意味を持っているといいます。

_____贈与には与える義務、受けとる義務、お返しをする義務の三つの義務がある____

マルセス・モース

「誰かから何かを受け取るということは、その人の霊的な本質の何ものか、その人の魂の何者かを受け取ることにほかならないからである。
このようなものをずっと手元にとどめておくのは危険であろうし、命にかかわることになるかもしれない。」

マルセス・モース

「贈り物」を受け取ることは、相手に対して負い目を感じることになるため、

そのままにしておくと従属的な地位に甘んじる可能性がある。。

無意識のうちであっても「沢山プレゼントもらってるなぁ」という状態でお返しをしていないと、

負い目を感じてしまうし、与え手が社会的な地位を高めるような状態になる。

てことは、、沢山「与えた」ほうがいいですね!(笑)

また、もらったら「お返し」を忘れないようにしましょう!
無意識に従属的になるかも。。

「ねだるばかりでなく、自分から与えろ」的なことはよくいいますが、世界の文化や人類学的な視点でみても

やっぱり「与える」ほうがよさそうです!

最後までご覧いただきありがとうございました!

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