本当の私は何をしたいのだろう?【文化人類学の思考法】朝活vol.36

本当の私は何をしたいのだろう?【文化人類学の思考法】朝活vol.36

朝活36日目!おはようございます!

最近、Himalayaというラジオアプリでの配信も始めました!
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という感じでまた新しく始めちゃったりしてますが、こうやって取り入れていく中で気づいたのは、

僕は凄く飽きっぽい。。次々やることを変化させたい性分なのかなぁと感じました。
人が「めんどくさい」と思うこともある程度継続は得意なのですが、

自分が「飽きる」とイライラしちゃって、それを辞めるわけではなくって変化を求めて手を出しちゃう。。「やめる」の下手なんですね。。

今日はそんな「自分」はどうして作られた??

という感じのお話です!是非ご覧ください(^^♪

【文化人類学の思考法】「子どもと大人」より

感想と要約を書いていきます!

本当の私は何をしたいのだろう?

こんな風に悩んだことないですか?

ぼくはしょっちゅう思います(笑)

こうした悩みをもつことは、青年の特権である。
そもそも生まれたときには、
そんな問いを発する「私」が存在しているかどうかさえあやしい。
それがいつしかはっきりとしたかたちをとりはじめ、
ついにはこんな悩みにとらわれるようになるのだ。

「自己」はいつ生まれる?

このような「私」=「自己」はいつから生まれるのか??

生まれたての赤ちゃんは、ほとんど「反射」などの生理的反応が主で、

「自己」と「他者」の区別はついていない。

そこから段々と「親」など周囲の人を認識し始め、
生後9か月ごろには自分に向けられた、

「他者」の意図を理解しはじめる。

そこから、住んでる時代や場所の「文化」の影響を受けながら、徐々に「自己」が形成されていく。

「自己」が形成されていく過程には「承認」の影響が大きく、

主体が他者をとおして自分を認識するという間主観的な関係を「承認」という。
___承認の形式はそれを求める欲求と対応しながら段階的に変化していく。___最も身近な他者からその周囲の人びと、最終的にはその社会全体へと相互行為のパートナーの範囲を広げながら___
パートナーを承認するとともに自分がそのパートナーから承認されていることに気づく。

他者を承認し、自分も承認されるプロセスを通して「自己」の認識の範囲を広げていく。

「本当の私」が見つからないという悩みの源は、その段階に応じた相互行為のパートナーから思うように認められないことにあるといえそうだ。

このパートナーというのは、「人」に限らず、集団や風習、社会などにも及びます。

たとえば、就活している人にとってパートナーは「会社」や「社会全体」などですね。

たしかに、承認されていないと「間違っているのか?」「自分には向いてないのか」などと考えがちですね。。

「私」の源はなに?

承認を得ることによって、徐々に「私」を確立していくわけですが、

特に「社会」からの承認を考えると、これは「時代・場所」の影響を強く受けます。。

世の中は「思い込み」「イデオロギー」だらけなようです。。

たとえば、「母性」

「子供をいつくしむ母性愛が女の本性だ」という主張は十八世紀後半から広まっていったイデオロギーであり、私たちの子供に対する関わり方はそうしたイデオロギーなどを反映して社会的につくられたものであることが示唆される。

「母の愛情」というイメージですら、時代・場所が違えば異なっていた。。

そういった「当たり前」に感じることを根底に形成されている「自己」もまた、

時代・場所の制約を強く受けており、そこから得られる「承認」によってかたち作られていく・・!

そう考えると、身を置く「環境」の大切さも感じれますね!

学びや挑戦が承認される環境にあれば、そういう人格になっていくし、

ネガティブに協調するような環境にあれば、ネガティブが強まっていく。。

自分の環境も整えながら、周りにも良い影響・承認を与えられるように意識していきます!

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