お金で買えないもの=?? 朝活vol.58

お金で買えないもの=?? 朝活vol.58

本日も朝の早起きに失敗してしまいまして、、ということで夜の更新ですが「vol」を重ねたいので「朝活」と名乗らせてください(^^;)

(明日は頑張って起きます!)

昨日は新しく始めるスタジオレッスン「R.IT」のHP作成など取り組みました!(まだ完成はしてません・・・!)

「R.I.T」は

R リアライズ(実現する)
I インフィニティ(無限大)
T トライアンフ(大成功)

の頭文字をとって名付けられました・・・!

色んな事に挑戦していきます!良かったらフォローしてください(^^♪

ということで、本日も読書感想やっていきます!

「世界は贈与でできている」より抜粋の読書感想です!

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング)

お金で買えないもの

「お金で買えないもの」とはよく耳にする言葉ですが、具体的には何のことなのか?

著者はこのことに疑問を抱きます。

「お金で買えないもの」。これはたしかによく耳にする言葉です。
しかし僕が気になるのは、ここに「否定」が入り込んでいることです。
____たとえば「猫」はたしかに「犬ではないもの」ですが、
それで猫が十全に定義され、説明されているわけではもちろんありません。

いわれてみれば、「お金で買えないもの」という定義に「名前」が見当たらないようにも感じます。

そこで、著者は、それらを「贈与」と定義します。

僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動を、ひとまず「贈与」と呼ぶことにします。
それは定義上、商品やサービスという「市場に登場するもの」とは異なるものとなります。

プレゼントとは?

贈り、与える。
「贈与」といえば「プレゼント」的なことを思い浮かべますよね。

日常的にも、「誕生日プレゼント」「バレンタイン」「母の日」「父の日」「記念日プレゼント」・・・などなど

何かあればプレゼントを贈る、という慣習が世界中で根付いています。

そもそも、どうして私たちは互いにプレゼントを贈り合うのでしょうか。
____ほしいものがあるなら各々が自分で買えばいいのに、
なぜか私たちはプレゼントという慣習を持っています。

プレゼントという慣習の理由

____それは、誰かからプレゼントとして手渡された瞬間に、「モノ」がモノでなくなるからです。
もし自分で買ってしまったら、どれほど高価なものであっても、それはあくまでも「モノ」としての存在を超え出ることができません。

「自分で買ったモノ」であれば、壊したり無くしたりしても
「また買おう」で済んでも、

「大切な人からもらったモノ」の場合、それは唯一無二であって
「同じモノ」を買ったとしても
当人にしてみれば意味を満たさない「別のモノ」となります。

なんとなくイメージできますね・・・!

_____そこには、モノとしての価値、
つまり商品としての価値からはみ出す何かがあると無意識に感じるのです。商品価値、市場価値には回収できない
「余剰」を帯びると言ってもいいかもしれません。

この「余剰」は「もらったモノ」に対して唯一無二の、「固有名」を与えることになる、と著者はいいます。

贈与とは、モノを「モノではないもの」へと変換させる創造的行為に他ならないのです。
_____だから僕らは、他者から贈与されることでしか、本当に大切なものを手にすることができないのです。

経済学者と「プレゼント」

前述のプレゼントの話
「貰ったモノ」は「自分が買ったもの」とは違う意味合いを持つ

というは、なんとなく、感覚ですが理解もできると思います。

しかし、この考え方に対立するのが「経済学的視点」となります。

マイケル・サンデルは
「経済学者は贈り物が好きではない。より正確に言えば、合理的な社会的慣行としての贈り物の意味を理解するのに苦労している」と述べています

マイケル・サンデルとは政治哲学者で、有名な著書には
「これからの正義の話をしよう」などがあります。

経済学的視点からすると、「プレゼント」よりも「現金」を渡せよ!
という結論になってしまうそうです。

経済学的視点に立てば、プレゼントを買ってはならない、現金を渡すべきだと結論づけられてしまいます。
____「人は一般に、自分の好みを最もよく知っている」という前提を認めるならば、
他人がプレゼントを購入して渡した場合、支払った金額と同額のものを受取人自身が購入した場合よりも効用が必ず小さくなる、
____「プレゼントの目的は、その受取人を幸せにすることである」という前提を付け加えるならば、プレゼントを買って渡すのではなく、使うはずだった現金を渡すべきであるということになる。

確かに、「モノ」だけの価値で判断すれば、「自分が欲しいモノ」を自身で選ぶことが一番効率が良くも思えます。

しかし、前述の「プレゼントによって生まれる余剰」を考えると

「現金をあげる」という効率よりも
「(プレゼントされることによって”意味”を持つ)唯一無二のモノ」

のほうが価値があるように感じれますね。
(場合によっては”もらって困るもの””気持ちは有難いが要らないもの”もありますが)

またサンデルはお金で買えないものとして、「ノーベル章」を挙げています。
___たとえば、ノーベル委員会が毎年一つのノーベル章を競売にかけるとしても、買われた章は本物とは違うだろう。
___当たり前ですが、ノーベル賞は買うものではありません。それは授与されるもの、贈られるものです。
お金で買えないものは、贈与として僕らのもとへやってくる。
お金で買えないものの一切は、誰かから手渡されることによって、僕らの目の前に立ち現れる。

ノーベル章で考えるととても分かりやすいですね・・!

たしかに「買った章」に「授与された章」と同じ価値があるとは誰も思いません。。

「お金で買えないもの」は、たとえ、どうにかして「お金で買った」としても、それはもう「別のもの」になっている。。

誰かから「贈与」として届いたとき、はじめて「お金で買えないもの」となる。

ということですね・・・!

なかなか興味深いです・・!本書ではさらに「贈与」について深く掘り下げていきます!(つづく)

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング)

最後までご覧いただきありがとうございました!

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