「あなたは私のことが好き。でもあなたは私のことを分かっていない」読書日記vol.62

「あなたは私のことが好き。でもあなたは私のことを分かっていない」読書日記vol.62

読書日記vol.62 今回は夜中の更新です!

なかなか毎日更新が出来てないですね~、最近ありがたいことに忙しくてつい更新の手が止まっちゃいます。。

けど、そんな状況でも、やる奴はやってるので

負けずに工夫して毎日更新していきたい!と思ってる所存です!

今回も「世界は贈与でできている」より抜粋!の読書感想となります。

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング)

夜中で気合が入ったので長文ですが、是非さいごまでご覧いただけるとうれしいです!

「つながり」を生む「贈与」

「お金で買えないもの=贈与」

そして

「贈与」は「つながり」を作り出すことができるものだと

いう話を前回までの記事でしてきました。(vol.57~)

「友人」「お世話になった方」「親族」などなど

親身になって相談に乗ってあげたり、

何かあったら助けたい、と心から思えるような関係性

そこに「交換の論理」はなく

「ただ助けたいから助ける」という素直な気持ちで関われる関係性。

このような関係性は

「人間的なつながり」「本質的に贈与的なつながり」といえます。

僕らは知らず知らずのうちに、贈与を通して他者とつながっている。

ここまで小難しく「贈与」について書いてきましたが、

じつは、それは日常に自然に存在していて

仲のよい友達とのワンシーンを振り返るだけでも、
そこには様々な「贈与」があることに気づけます。

しかし、贈与には良い面だけではなく、「負の側面」が存在する。。

それが「贈与の呪い」です。。

贈与には人と人を結びつける力があるがゆえに、その力はときとして私を、そして他者を縛り付ける力へと転化します。
____贈与はときとして、「呪い」として機能する。
その呪いの効果によって、僕らは、他者とのつながりを求めながら、
同時にそのつながりに疲れ果てる
のです。

「贈与の呪い」とは?

ここでいう「呪い」とは何か?

呪いとは「思考と行為の可動域」に制約をかけるものの総称です。
(だから僕らはしばしば自分自身にも呪いをかけてしまいます。
たとえば不安や恐怖は思い込みを生み、思考が制限されてしまうことになります。)

たとえば「年賀状」

去年もこちらからは送っていないのに、ポストを開けたら、
その人からまた今年も年賀状が届いてしまった。
心のうちで「ああ、申し訳ないな」と思いながらも、
同時に思わず「やれやれ・・・」とつぶやいてしまう。
この「やれやれ」という気分はどこからやってくるのでしょうか?

「ありがた迷惑」なんて言ったりもしますが、

「気持ちはありがたいけど、ちょっと、、、」なんて場面、経験ないでしょうか?

勿論「与える側」はほとんどの場合「善意」から与えてくれています。

しかし「受け取り側」には、受け取った瞬間から、
「与える側の意図」に関わらず「負い目」が発生
します。

その「負い目」は、さらなる「贈与」を生むことになるのですが、

「与える側の意図」によっては、

この流れは「受け取り側をコントロール」することにもなります。

また、「受け取って”負い目”を感じながらもそれを返礼できない」場合、

「受け取り手」は
「自分にとって都合のよいストーリーを作りだし、
現実を無視して捻じ曲げ、歪めてしまうことで現状を合理化する」

という手段に出ることもあります。

本書の中では、
「返さなければならない母の恩」が
「ありもしない架空の、返さなければならない友人への借金」
へと形を変えて
「受け取り手」が強迫観念に囚われた例をあげてくれています。

・・・人間の「想像力」というのも侮れません。。

脳の中では、知らないうちに「自分を守る」ためのストーリーを作り出し都合よく解釈をしてしまうんですね。。

このように、たとえ
「善意」からであっても「贈与」によって「受け取り手」が「負い目」を感じ、
その行動や思考が制限されてしまうことを「贈与の呪い」と言うわけですね。

「贈与の呪い」はネガティブなものではありますが、

捉え方を変えると

「呪い」にかかるのは
「人間的なつながり」や「知性」を備えている証
にもなります。

「つながり」を求めない人は呪いにはかかりません。
また、「合理的な思考能力」をもたない人も呪いにはかからない。。

___呪いにかかるのは、愛と知性をきちんと備えていることの証でもあるのです。
____僕らは呪いとともに生きていく。___

「贈与の呪い」は人間が人間らしくあるために避けては通れない、とも言えそうです。

誰でも呪いにかかり得るし、誰もが「現実を逃避した、都合のよいストーリーを作り出し、自らを合理化する」ことが起こり得ます。。

また、「贈与する側」としても相手に呪いをかけてしまうことも起こり得ます。

僕らはときとして、贈与を差し出す(ふりをする)ことで、
その相手の思考と行動をコントロールしようとしてしまうのです。

そして実際、相手は贈与の力によってコントロールされ、
そのコミュニケーションの場に縛りつけられてしまうのです。
贈与の呪いは、相手がそれに気づかないうちに、
相手の生命力を少しずつ、確実に奪っていきます。

「あなたは私のことが好き。でもあなたは私のことを分かっていない」

上のようなセリフ、言われたことのある方も多いのではないでしょうか?!
(ぼくは言われた経験ありません)

このセリフに対して、どのように返答することができるでしょうか??

おそらく、どのような返答をしようが結果は見えています。
たとえば、「それってどういうこと?」
もしくは「じゃあどうすればいいの?」
と聞いたとすれば、
「ほら、やっぱり私のことが分かっていない!」と返されてしまいます。
あるいは、返すべき返答が分からず沈黙した場合にも同様に
「ほらね、分かってないでしょう」と言われてしまいます。
いかなるリアクションであっても、
それは「私のことが分かっていない」証拠にされてしまう。

嫌な状況ですね・・!笑

このような状況を「ダブルバインド」といいます。

___ダブルバインドとは、「相矛盾するメッセージによる束縛」のことです。

まず「あなたは私のことが好き」という言葉によって、

相手との関係性を肯定しこのコミュニケーションの場に縛り付けます。

そのあと「私のことを分かっていない」という言葉によって

縛り付けたまま、突き放します。。

文脈の前後で「矛盾」がありますよね。

しかし、「このコミュニケーションについてのコミュニケーション」は前述の会話の通り封じられているわけです。。

ゲームの内部では矛盾が生じる。
しかし、そのゲームの外へ出ること(コミュニケーションについてのコミュニケーションを行うこと)も許されない。

なんとも悪魔的状況・・!

画像1

たとえば、
いきなり異国の知らないスポーツに代表選手として参加が決まったけれど、ルールの説明・確認は受け付けません。
みたいなことですかね。(?)

ダブルバインドの呪縛

ダブルバインドのメッセージは「矛盾」を含んでおり、

この「矛盾」は文字・言葉としての「矛盾」だけでなく、
「メタメッセージ」との矛盾なども含みます。

たとえば「意味不明な言葉の反復」

①文脈としては意味不明
②「繰り返す」=重要、意味がある

というメッセージを含みます。

このコミュニケーションが深い関係性の中、
あるいは「贈与」の形で「関係性をつくる」場合、

メッセージの受け取り手はそのコミュニケーションの場に縛り付けられます。

しかし、そのコミュニケーションにゴールはありません。。

これで見事に「呪縛」の完成。というわけです。

画像2

呪縛を生み出さないためには?

「ダブルバインドの呪縛」「贈与の呪い」は

計らずしもコミュニケーションの相手を縛り付けてしまう場合があります。。

前述の「あなたは私のことが好き~」のようなコミュニケーションは

もはや意図的に「呪縛」をかけているような状況です。(悪用厳禁!)

そうではなくて、「呪い」をかけない「贈与」を送るにはどうすればいいのか??

____「贈与は、それが贈与だと知られてはいけない」____
____それが贈与であることが明らかにされてしまうと、
それは直ちに返礼の義務を生み出してしまい、
見返りを求めない贈与から「交換」へと変貌してしまいます。
そして、交換するものを持たない場合、
負い目につぶされ呪いにかかってしまう___

「呪い」をかけてしまう=もはや「贈与」ではなく「交換」ということになる。

「呪いがかかる」という時点で贈与者の意図は関係なく
「受け取り手」は返礼の義務・負い目を感じ
「交換の論理」が働いてしまう。。

つまり、贈与者は「贈与者だと知られてはいけない」ということになります。

贈与者は名乗ってはなりません。
名乗ってしまったら、お返しがきてしまいます。
贈与はそれが贈与だと知られない場合に限り、正しく贈与となります。
しかし、ずっと気づかれることのない贈与はそもそも贈与として存在しません。
だから、贈与はいつかどこかで「気づいてもらう」必要があります。

あれは贈与だったと過去時制によって把握される贈与こそ、
贈与の名にふさわしい。
だから、僕らは受取人としての想像力を発揮するしかない。

贈与は「時間差」で気づいてもらうことで初めて「贈与」となる。。

そこには受取人側の「気づき」「想像力」が必要となります。

う~ん、話しがどんどん深くなってきました!

分かるような、分からないような・・けど面白いですね!!(つづく)

まとめ

本書では「贈与」について、さらに深い話がつづきます・・・!

「サンタクロース」「言語ゲーム」「アンサング・ヒーロー」…etc

非常に興味深いお話となってます!

気になる方は是非一読をお勧め!

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング)

最後までごらんいただきありがとうございました!

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