”無駄”ほど「贈与」「愛」は”不合理”

世界は贈与でできている 読書感想⑦

こんにちわ!読書記録vol.63

今回もぼちぼち更新していきます!気持ちは毎日更新です!

”無駄”ほど「贈与」「愛」は”不合理”

今回も「世界は贈与でできている」より抜粋・感想です!

前回までの記事で、人間は「交換の論理」だけでは生きてはいけないこと、

「贈与」を贈るには「過去に私も受け取った」というプレヒストリーが必要ということ、

「贈与」を与えるには「名乗ってはいけない」こと。。。などなど

書いてきました。

今回は「差出人のいない贈与」から抜粋・感想を書いていきます!

(前回までの記事はこちら vol.57~)

差出人のいない贈与

思想家の内田樹は、
「贈与は『私は贈与した』という人ではなく、
『私は贈与を受けた』と思った人の出現によって生成する」

と述べています。

「贈与」は「贈与者」ではなく「受取人」によって生成される・・・!

前回の記事でも書きましたが、

そもそも、「私は贈与した」と言う人は、その時点で

その「贈与」は相手に「負い目」を与え「返礼を求める」もの、「交換」になってしまう。

最悪、それは「呪い」となって
「相手をそのコミュニケーションの場に縛り付ける」ことになる。。

(「贈与の呪い」について、詳しくはこちら↓)

なぜ「受取人」によって贈与が生成されるか、というと

「正しい贈与」には「差出人は存在しない」から。と著者はいいます。

存在しない、とは「誰もいない」ということではなく、

「贈与をもらった(もらっていた)」と気づくその瞬間まで、

「受取人」にとって「贈与者」は「贈与者と認知されていない」というわけです。

なぜ、認知されないのか?

それは、「贈与」が本質的に「不合理」だから、だといいます。

他者の不合理な振る舞いの中に、差出人としての姿が隠されている。
僕らは不合理性をとおして、他者からの贈与に気づくことができる___。
_____贈与は合理的であってはならない。
不合理なものだけが、受取人の目に贈与として映る。
というよりも、他者からの贈与は僕らの前に、必然的に不合理なものとして現れるのです。

無駄なものほど贈与性がある?

「不合理である」というのは、ざっくり言うと「無駄」ともとれます。

ここまで、「贈与」について色々記事を書いてきていますが、

実は「贈与」とは、僕らが日常で「不合理(=無駄)」だと捉えがちな行動なのかもしれません。。

「無駄」が「贈与」とはどういうことか??

贈与にはある種の「過剰さ」「冗長さ」が含まれています。
___ある行動から合理性を差し引いたときそこに残るものに対して、
僕らは「これはわたし宛の贈与なのではないか」と感じるからです。

たとえば「礼儀」で考えると分かり易いです。

「敬語」「丁寧語」というのは、通常の話言葉と比べても
シンプルに「文字数」が多いですよね。

意味を伝えるだけなら、極端な話「単語」だけで伝えるのが一番合理的で効率が良いのかもしれません。

しかし実際は、目上の人や敬意をこめてコミュニケーションをするとき、

敬語や丁寧語を使い「非合理的、非効率な言葉づかい」によって会話するのがいわゆる「マナー」となってますよね。

___同じ意味内容でも、無駄が多ければ多いほど、
つまりコストがかかっていればいるほど、
「より多くの敬意」というメタメッセージが込められているように感じられるのです

愛は不合理からしか生まれない

「不合理」は「矛盾」とも捉えることができます。

矛盾にも「質の良い矛盾」「質の悪い矛盾」があり、

「呪い」になりうるような矛盾は「質の悪い矛盾」だということができます。

では、「質の良い矛盾」とはなにか?

___質の良い矛盾はその主体に生命力を与え、その人を動かします。

この例として、歌手の平井堅の「君の好きなとこ」という曲の歌詞が引用されています。

照れた笑顔 すねた横顔 ぐしゃぐしゃ泣き顔
長いまつげ 耳のかたち 切りすぎた前髪
(・・・)
ホッとした顔 笑ったときハの字になる眉

とても素敵な歌詞ですね・・!

この歌詞の、それぞれの前半部分は「合理的」な長所
後半部分は、それ単体だとむしろ「短所」ともとれる特徴ですよね。

しかし、「短所」も含めて「好きなとこ」だと歌っています。

この曲を聴いた僕らが、
ここで歌われている相手の女性がどのような人物なのかを思い浮かべることができ、
きっと愛らしい相手なのだろうと直感できるのは、
「好きなところ」として合理的な長所を述べた後に、
一見すると不合理な特徴をそれとなく挙げているからです。
____合理性と不合理性のバランスおよびその順序が見事に調整されているのです。

合理的な長所だけでは「愛のメッセージ」としては伝わらない、と著者はいいます。

合理的な長所をいくら挙げたとしても、それは、
その特徴を満たすのであれば<私>の代わりは他にいる、ということになります。。

「不合理な特徴」が<私>を捉えている。

本人も自覚はないかもしれないけど、そこも含めて好きだよ、
という「愛のメッセージ」として伝わるといいます。

(かといって、「不合理な特徴」ばかりを挙げたとしたら「ただの悪口」と伝わってしまうので注意しよう!)

「合理性と不合理のバランス」が重要ということですね・・・!

相手の合理性に対する信頼があるからこそ、メタメッセージの受信が可能になります。
___合理的なものよりも、不合理なものが持つメッセージ性のほうが強いのです。
ですが、不合理なもの単体では、その力は発揮できません。
不合理は、合理性の後にやってくる。

信頼のもてる、「合理性」を持ったメッセージの後に

「不合理」を付け加えることで

よりメッセージ性を強く伝えることができる・・!

なぜこの人は私の欠点を「好きなとこ」だと言うのか?
この不合理、矛盾を合理化し整合的に理解する方法は、
「そこに愛が示されている」という仮説を立てることです。
___この理由以外にその不合理は解消されません。
つまり、愛は不合理からしか生まれないのです。

何でも合理化・効率化しようとする世の中にも思えますが、

「不合理」にも大切な役割を持つものがある・・・!

こういった感性な部分も大切にしていきたいですね・・!

(つづく)

「世界は贈与でできている」おススメです!

今回も最後までご覧いただきありがとうございました!

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